Shot by Ruka Ishikawa

函館ちょっとstay

「今まで出来なかったことをしよう。今しかできないことをしよう」
        という思いに函館stayはいちばんしっくりくるように思いました。

早期退職を機に、函館で一か月を過ごすことにしました。 函館は過去に3回訪れたことがあり、いわゆる短期間の旅行者ではなく、少しゆっくり滞在したいとかねがね思っていたからです。 モチロン、戸惑いもありました。 ずっと共働きで、お互いの趣味や行動に距離を置いて暮らしていた夫婦であっても、果たして夫がすんなりと首を縦に振ってくれるだろうか……。 一人暮らしの経験がない私が、ホームシックにならないだろうか? 一か月という、短いようで長い時間を、私自身持て余すのではないだろうか? いくつもの不安はありましたが、「退職したら、今まで出来なかったことをしよう。 今しかできないことをしよう」という思いに、函館stayはいちばんしっくりくるように思いました。

函館に強く惹かれたのは、七年前の三度目の来函がきっかけでした。当時中学2年だった娘に付き合い、 西部地区の坂を1本1本くまなく歩いた時、教会を始めとした美しい歴史的な建造物と朽ちかけたような古い家々、 そして坂から見下ろせる港や海の表情にすっかり魅せられてしまったのです。澄み渡る青い空と海にすっぽりと抱かれているような函館の街は、 高層ビルやどこまでも続く雑然とした東京の街並みに慣れてしまった私の目に、限りない優しさを感じさせてくれたのです。

滞在したのは、函館山の麓・西部地区の青柳町にある、マンションの窓から津軽海峡が見える部屋。陽のあるうちは海のきらめきが見え、 前を市電が通る居心地の良い場所でした。ちょっとひなびた風情、ガタンゴトンとゆっくり走る市電の通り過ぎる音も心地よく、すぐに私の生活のリズムになりました。

函館の良さは、いろいろな魅力が人の見渡せる広さに詰まっているところ。終生函館を愛し、函館を舞台に何本もの映画を撮った故森田芳光監督も 「函館を好きな理由は、まず空気がきれいなことです。津軽海峡と日本海、ふたつの海の潮風がブレンドされて、ひんやり透明な空気感を作っている。 色彩もきれいに出るし、湿度の低い涼しい感じが僕の映画の心象にあっていると感じます。 それから、風景の多彩さ。山もあれば、海も坂もある。港町も商店街もある。 路面電車は僕が子どもだったころに東京を走っていた都電のように懐かしい雰囲気だし、そうかと思うと、新しくモダンな施設もあって……。一部省略……。 ベイエリアとか元町の坂道とか昼間は観光客でにぎやかなのに、夜になるとすごく静かできれいにライトアップされているのに誰も歩いていない。 その落差がどこか空虚でミステリアスな雰囲気なんですよね。日本固有の土着的なものが少なくて、すべてをすんなり受け入れてしまうような、 無国籍な匂いがします。海外に行ってもこういうまちはなかなかないと思います」と書いています。

作り手である料理人の函館への深い愛情
函館人としてのプライドにあるように思います。

私は彼の熱いファンではないけれど、この彼の気持ちはすごく共感できます。 元町の教会群の間を歩き、古い建物の佇まいに目を奪われて歩いていると、すぐ先が岬に続く海沿いの道だったりする。一瞬、 もうここまで来たんだ……と驚くけど、懐かしさと安心感にすぐ包まれる。 森田監督は食については書いてらっしゃらないけど、同じ魅力を持ってるように感じます。海産物はもちろん、畑で採れるものや、 キノコに鹿肉などの山の素材の力強い味わい。フレンチやビストロ料理のレストランも多く、しかも手頃ですごく美味しい! 1か月の間に2度訪れたのが「TACHIKAWA Café」。

ここは、シェフが自ら射止めた鹿をランチに出してくれて、ボリュームもたっぷり。 「ル・クリマ」の地野菜を使った料理は、胃袋だけでなく、目も楽しませてくれる美味しさ。「ビストロHAKU」のフレンチは手頃な価格ながらも、 シェフの丁寧な仕事ぶりがひしひしと伝わってくる正当派の味。ほかにも大正時代の趣のある佇まいの「唐草館」、リゾートホテルの最上階にある 「ル・ヴァン」やイタリアンの「ル クチーナ ヴェントレ」、函館を見下ろすように建っている「懐石の里 煌」、なめらかな口当たりの十割そばがいただける 「そば蔵」、繊細な細麺とだしの美味しさがしみじみと味わえる大三坂の「久留葉」と、いずれも最初の一口から美味しさを実感できる店ばかりでした。

何故こんなにも、函館には美味しい店が集まっているのだろうか? 私の素朴な疑問への答えは、「TACHIKAWA Café」のシェフとの何気ない会話の中で感じた、 作り手である料理人の函館への深い愛情と函館人としてのプライドにあるように思います。 1泊でメインスポットだけ回って帰る観光客が多い函館ですが、函館には美味しい店や味がコンパクトにたっぷり詰まっているから是非1度は1週間くらい滞在して、この魅力を存分に味わって欲しいと思います。

私の函館での生活は、朝7時近くが始発の市電が走る、どこか懐かしい響きで目を覚まし、ゆっくりと朝食を摂ることからスタート。 天気が良ければ、大森浜まで5分とかからないので、朝食前に浜辺まで散歩。かもめがクークーと飛び交い、昆布が干してあり、海は穏やかで、 時がゆったりと流れていきます。 朝食は、近くのスーパーで買う、函館近郊の七尾で採れたサニーレタスとトマトがすっかり気に入り、 それにこれも青柳町在住の友人が教えてくれた宝来町のPainのパンとチーズを添え、そして美鈴のドリップコーヒーを飲む。 そして、今日のランチをどこで食べようかと思案する、嬉しいひととき……。 時には、朝食から活イカを食べる函館人を見習って、朝6時から営業している魚屋に行き、手際よくさばいてもらったイカでご飯を。 プリプリのワタを醤油で溶き、そこにおろし生姜とイカを加え、頬張るとイカの甘みが口いっぱいに拡がる! 函館ならではの、贅沢な朝ごはんです。

自分が目にしたことが明日の生活に繋がっていく、
そんな人の営みが見える日常にホッとしました。
都会ではなかなか味わうことの出来ない、心が穏やかになれる感覚でした。

函館は、市電とバスに乗ればすぐに目的地まで行ける便利な街ですが、函館を味わい尽くしたかった私は、なるべく歩くことにしました。 函館の西部地区は戦火を免れたため、明治時代以降の味わいのある建物が実にたくさん残っています。リノベーションされて、 レストランや店舗として活用されている建物のほかにも、そこかしこに、長い時を刻んだ建物が、誰もが訪れる教会群や旧公会堂、 外人墓地などの史跡を囲むように建っていて、市電で移動するのがもったいないように思ったのです。また函館の人は親切で、 地図を広げていれば通りすがりのサラリーマンの人が声をかけてくれたり、坂道の名前を聞けばオバチャンが近くの店に聞きに行ってくれたりと、 安心して一人で街歩きを楽しむことが出来ました。

あと印象深かったのが、イカ釣り漁の漁火の美しさ! マンションの窓から毎夜見るのが、いつのまにか日課になっていましたが、 漆黒の海にお月様がいくつもあるようで、その数が多いと「明日は新鮮なイカが買えるわ」と、うきうきしてみたり。 自分が目にしたことが明日の生活に繋がっていく、そんな人の営みが見える日常にホッとしました。都会ではなかなか味わうことの出来ない、 心が穏やかになれる感覚でした。

函館山に、私も滞在中に2度、東京から来た友人たちと夜景を見るために訪れましたが、抜けるような青空の日にハイキングしながら登った山頂からの 眺めもまた素晴らしいものでした。麓の函館山ふれあいセンターから、ボランテイアのガイドの方の案内で、山に自生する花やきのこを見、 その愛らしさをスマホで撮りながら、ゆっくりと山頂へ。空と海、そして山に囲まれた函館の街の豊かさを改めて再確認することができました。

函館は、いつも何かしらイベントがある、とても楽しい街です。私の滞在した8月上旬から9月上旬の1か月の間も、五稜郭での市民による野外劇場、 函館八幡宮など各神社の祭礼、国際民族芸術祭、ハリストス正教会の近くであった路地裏マルシェ、湯の川温泉の花火大会、そしてバル街など、 市民が自ら企画し、行うイベントがたくさんあり、すっかり函館人になりきって楽しみました。バル街的なイベントも最近はそこかしこで催されるようになってきましたが、 もともとは函館が発祥の地だとか。当日は弘前や青森のレストランも参加して、翌日は青森で同じようなイベントをしたのだとか。思いを繋ぐリレーみたいなところも、 函館らしくて素敵です。

函館での一か月は、その日の天気と気分に合わせて暮らし、今までの人生の中でいちばんゆったりと過ごせたように感じた、穏やかな時間でした。 澄み切った美しい空と海、そして街の温かさに抱かれるように暮らした一か月でした。 今まで、こんなにも自分のいる地を心地よく感じながら過ごした日々はなかったように思います。

日常に少し疲れてしまった時、自分をニュートラルにしたい時、函館を訪れて、すっぽりと函館の温かさに包まれて過ごし、 また元気になって帰っていくー。これからも、函館には幾度となく足を運べたらと思っています。